坂道の途中、見上げた景色に私は思わず立ち止まった。
遠くに見える木々。そのところどころが赤や黄色に染まっている。
青い空の下、原色の絵の具をぶちまけたパレットのように、
道の両側は普段と違うにぎわいを見せていた。
もう何日も前から少しずつ変わって来てたはずの色。
日常に追われているうちに、私は景色を見ることさえ忘れていた。
11月‥‥
いつもの冬がもうじきやって来る。
去年の冬と少しだけ違うのは、あなたが隣にいないこと‥‥‥


その日、私は渋谷のスペイン坂でFMの公開生放送を見ていた。
ガラス張りのサテライトスタジオの中では、おなじみのDJが笑顔を振りまいていた。
11月としてはかなり寒い日。空には低い雲が垂れ込めていた。
「では次にかけるのはデスチャ、デスティニーチャイルドの新曲です。
きのうプロモのほうも見たんですが‥ これがまた色っぽいんだよね~ マジで。
といっても残念ながらラジオではお見せできないんですが、そこはそれ。
うちの放送局のサイトで一部ですが見れるようにしてあります。
はい、じゃURL言うよ。メモの用意はいいかな? みんな?」
大好きな番組が目の前で進行していくのを眺めながら、
私の心はまったく別な方向、今朝のできごとへと向かっていた。
そしてそこにいた、いたずらな目をした男のこともいっしょに。
いつものように寝坊して、私はバスに乗り遅れそうになっていた。
さすがに1分30秒の遅れは取り返しようも無く、トーストを口にくわえたまま、
今世紀最高の走りをしながらも、事態はほぼ絶望かと思われた。
私の乗るべきバスが遠くに見える。
そのとき、バスが出発するかと思われたまさにそのとき、
誰かがその前に立ちふさがる。高校生の男子制服に眼鏡&白いマフラー。
中尾彬のような巻き方ではなかったけど、それなりにこだわりのある巻き方で、
でも、どうみたって10代設定は無理で、
30過ぎてます? って突っ込みたくなるような雰囲気だった。
そう、キャラ的には「若作り、実態オジン」
でもそれ言ったら、私自身も友人から言われてるわけで。
「あんたの制服姿って、微妙に主婦が旦那の為に昔の制服着てます、
的な雰囲気あるのよね、夜の生活、マンネリ打破! みたいな」
‥‥いやなことは忘れよう。
傍に寄った。バスは男の鼻先5cmで止まっている。
「だ、大丈夫ですか?」
私の声にこちらに向き直った男は口を開く。
「僕は死にましぇん」
はにかむようなその柔らかい笑顔に、私は運命的な出会いを感じていた。
そう、私はそのとき既に彼に恋してしまっていた。
いつのまにか公開放送は終り人々が散り散りに去っていく。
私は彼に教えてもらった番号に携帯から電話を入れた。
デスチャのプロモを携帯から見たあとで‥‥


そんなきっかけがあって、私たちは付き合い始めた。
その日、私はいつものように彼とデートしていた。
彼は優しくて、そしてそのとろけるような笑顔で私を見てて。
ずっと夢を見ているように素敵な時間が過ぎていた。
でも、でも今、ひとつだけ不満がある。
なんで彼は私を襲ってくれないんだろう?
もう、気持ちもなにもかも準備万端整ってるし、
ここんとこ毎回、デートのときは勝負下着を着用済みで。
なんか、私に魅力が無いのかなと考えてしまう。
だから‥‥
「ちょっと待って欲しい。
なんでここに?
ここはその‥ あの‥ ラブホテルじゃないか」
夕食をイタリアンレストランでとったあと、
私は通りがかったラブホテルに強引に彼を引っ張りこんでいた。
「だって‥‥
私たちもう付き合って随分経つよね。
でもあなたは私を誘わない。
ううん。あなたと一緒に街を歩いたり、
色んな事をしたりするのはすごく楽しいの。
でも‥‥」
「でも?」
「もっとぬくもりで、体で、あなたを感じていたいの。
だから‥ あの‥ 私を‥ 抱いて‥ 欲しいの」
「そ、それは」
「‥‥どうして? 私って、そういう魅力が全然ない‥ とか?」
「そんなことはない! すごく魅力的だよ」
「じゃどうして」
そのまま彼は次の言葉を言おうとはしない。
「やっぱり私、帰る」
「待てよ!」
「いや! なにかとっても大きなことがあなたの前にあるって、
私だって気付いてるの。
でもね、あなたが苦しんでいるんだったら、
私も一緒に考えさせて欲しいの、
あなただけが悩んでるなんていや!
だって‥ 私‥ あなたのこと‥ 好きだから」
そう言いながら知らず知らずに私は涙を流していた。
胸が切り裂かれるように痛みを感じながら。
「‥‥‥」
「私ってそれぐらいの女だったの? あなたにとって。
もういい!」
彼は立ち上がった私の肩をつかんでベッドに座らせる。
「‥‥わかった。言うよ、僕がキミを抱けないわけを」
「それは僕にとってどうしても不可能なことなんだ。
運命のいたずらを僕がこれほど恨んだことは無いよ」
え~っ!? じゃ、じゃさ、
インポだとか、ゲイだったとか、真性包茎だとか、そ、そういうこと、
「ちがう、君の考えてるようなことじゃない」
えっ?!
「きみのお父さんは若い頃僕の母と結婚していた。
だが不幸な事故で記憶を失い、放浪の末、君の母親と出会った。
だから‥‥」
えっ、 ‥‥それって ‥‥もしかして
「そう。僕と君とは兄妹なんだ」
もたらされた驚愕の事実の前に、私は一瞬言葉を失った。
「だから、その事実を知った時点で、
どんな無理をしても君と別れるべきだったんだ。
でも僕にはそれが出来なかった。君を愛しすぎていた。
君をあきらめることなんて、僕には無理だった。
でも今、君には本当に悪かったと思ってる」
「ふ~ん」
「???」
あまりに平然とした私の態度に彼は驚きを隠せない。
ふつう、ここは悲しい顔で不幸のどん底ヒロインやるとこ。
でも私は全然そんな考え方してなかった。
「えっと、あなたの話はわかったのね。なんかすごい状況なこともね。
で、それを踏まえて提案があるんだけど」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
なんで君は僕のシャツを脱がそうとしてるんだ?」
「だから~ それって子供産んだら確率的に奇形児が発生するかも、
ってことでしょ?」
「ん ‥んまぁ そういうことだな」
「じゃ子供作らなきゃいいわけでしょ?」
「えっと、それはそうだけど」
「うまいことに戸籍上は赤の他人なんだから結婚も出来るし」
「ちょっと待てよ」
その間にもシャツは脱がせ終わって、
私は彼のズボンのベルトに手をかけてた。
「待てって、話がまだ」
「大丈夫。私ピル飲んでるから。心配しなくていいのよ?」
「で、あとはあなたの気持ちだけが問題だけど‥‥」
さりげなくズボン越しに触ったら‥‥
十分固いじゃない~ 余裕でOKっぽい。
「な~んだ、その気十分じゃない」
「こ、こ、これは、ただ単に」
手でゆっくりと握ってみる。ピクンピクンと脈打ってて‥
かまわずズボンとパンツを脱がしてしまう。
うろたえるその顔がまた、可愛い~~!!
んで仕上げはすぐ傍に立って背中を向けて、
私は服を一枚ずつ自分で脱いでいった。
本当は彼に脱がせて欲しかったけど、今はこれしかない。
下着も全部脱いで振り返ったら、彼、ヘヘ、ちゃんと「ケダモノ」の目をしてた。
ということでそのあとはしっかり「合体!」
よかったぁ~ 彼、ベッドの上でもすごく優しくて‥
初めての痛みって、そんなになかったし。っていうかかなり気持ちよくて。
思い出すだけでもう‥‥ うっとり‥‥
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1ヶ月ぐらいたってから、彼の希望で大学病院に行ってDNA鑑定をした。
そしてその結果を聞いたら‥‥
「これってさぁ、もしかして」
「ちょっとな~」
鑑定結果:彼と私は赤の他人
「っていうことは」
「私のお母さんかあなたのお母さんか」
「どっちかが不倫してて、その相手と子供作ったという証拠で」
「ちょっと予想外の展開よね~」
「でも、私たちに限って言えば、何の心配もいらなくなったわけで」
「ま、そうなんだけど」
「このこと、家族に‥」
「言わないほうがいいだろ、いまんとこどっちが不倫したのかわかんないけど」
「うん。これを今更明らかにしても誰も喜ばないしね」
「あぁ、そういうことだな」
「じゃぁさ」
「?」
「まだ、帰るには時間早いよね?」
「‥はいはい、はいはい。
気がつかなくてごめんね。じゃ、行こうか、そろそろ。
今日はたっぷり可愛がってあげるよ!」
「うん!」


「なにしてるの?」
ちっ、起きちまったよ。やっぱ無理だったかなぁ作戦として。
「あの、そんなとこに‥ だいたいそれなんなの?」
寝てるうちにパジャマ脱がされて下半身丸出しで、
おまけにあそこに変なのつけられりゃ、
普通ならもっと怒るんだろうけど、この人はあくまで穏やか。
ま、ばれちまったらしょうがない。
「型取り用の特殊樹脂」
「?」
「こうやって型をとると、同じ形のものがシリコンで出来るの」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「だってさ、もうすぐあなた死んじゃうし、
で、他の男の人を好きになって抱かれるなんて、
私考えたくないし。だから‥」
「‥‥だから今のうちに型をとって、この形のバイブを作ろうと」
「うん」
「なんと言ったらいいのか‥ 言葉が」
「いや?」
「前にも言ったけど、きみが僕の死んだ後、
あるいは誰かを好きになって、
そして幸せになってくれるんならそれでもいいと、
僕はそう思ってる。
だから今、君の将来を束縛する事は避けたいと思ってる。
いや、他の男に君が抱かれるなんて、
考えるだけでもイヤなんだけどほんとに。
でもね、それは死にゆく人間のワガママに過ぎないんだよ」
彼は、いや、もう結婚してるから旦那というべきなんだけど、
この人は優しい目でそんなことを平然と言い切る。
そしてそれが心から出た本音であることも疑う余地が無くて。
今も目の前にある穏やかな微笑みは、私だけを見ている。
その優しさの中に私はずっと今まで包まれてきた。
でもなんで、この人が、
天使のような清らかなこの人があと半年の命なんだろう。
どこの神様がそんな無慈悲なことを決めたんだろう。
いったい彼がどんな悪いことをしたというの?
「神様をうらんじゃいけないよ。
君と出会い、紆余曲折はあったけど結婚して、
今まで僕も君も幸せに暮らしてきたろう?
あるいはひとよりは短い期間と言えるのかもしれない。
でも僕は今まで十分幸せだった。後悔なんかしてないよ、全然」
それはその通りだけど‥‥
「おいで」
言う通りそばに行くと彼に抱きしめられた。思いっきり私は泣いた。
もう何度目になるんだろう。医者に二人の時間が半年と告知を受けてから。
「じゃ、始めようか」
「?」
「型取り」
「いいの?」
「いいよ。君が望むことならなんでもしてあげたいんだ。
いつだってね」
そう言って彼は私にキスをした。
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型をメーカーに送ったら1ヶ月かかるって言ってきた。
私は彼との残された時間を笑顔で過ごそうと決めていた。
泣いて過ごしても楽しく過ごしても長さは同じ。
それなら出来るだけたくさん素敵な思い出を作ろうって、
そう思った。
二人でコンサートを見に行ったら、私の古くからの友人で、
今は医者になってる人と偶然出会った。
あっちも夫婦だったのでそのまま四人で食事になって。
ご主人も医者だったのでアルコール入ったとこで、
彼のガンのことちらっと言ってみた。
一瞬驚いたみたいだけど、私たちの落ち着いた様子を見て、
安心したみたいだった。
「ベストパートナーのいる素敵な人生に乾杯!」
「乾杯!」
化粧室で彼女が私に言ってきた。
「旦那が彼を一回診察させてくれないかって」
「?」
「ちょっとひっかかるものがあるって言うのよ」
「でも」
いや、なにか少しでも望みがあるならそれは‥
「お願いします。私、彼を説得するから」
「じゃ、私に連絡頂戴。とりあえず日程押さえておくから」
案の定、彼は再検査を嫌がった。
気持ちはよくわかる。
やっと心の整理がつき、
おだやかに自分の人生を終了させることを自分自身で納得し、
残された時間を私と過ごすと決めたのだから。
消えたはずの希望を再び持って、それが夢となってしまえば、
もう二度と立ち直ることができないかもしれない。
誰でも普通にそう考えるだろう。
でも私は彼が好きだ。だから生きていて欲しい。
意思の無いバイブなんかじゃなくて生の彼のほうが何倍も好き。
私の中をかきまわすあの腰の動きも。引っかかる場所も。
ジュル‥‥
ち、ちがう、論点がずれてる。
結局彼は私の言う通りにするって折れてくれた。
優しいから私が無理を言えば決して断らないと思ってた。
MRI、CTスキャン、それ以外にも私の知らない色んな機械。
病院は工場かと思うほど、最新鋭のマシンで運営されていた。
あっちこっちで光線に輪切りにされ、中から写真をとられて。
かなり彼も疲れたみたいだった。
そして一週間後‥‥
医者夫婦がそろって目の前にいた。そして私と彼と。
なんか‥ 医者夫婦、やたら笑顔で‥ なんだろういったい?
「結論から言うと、ご主人の病気はガンじゃなくて胃潰瘍でした。
組織培養の検査数値は1で、全くガンの心配はない」
「え?」
「ただし、だいぶ進行してるんで胃は全部摘出する必要がある。
何とかできないかと思ったけど、ちょっと難しいと思う」
私も彼も言葉を失っていた。
まじ‥ ですか‥
いや、胃のひとつやふたつで死ななくていいならOKだし。
「セカンドオピニオンとか、二人とも考えなかったの?」
「いえ、そんなこと」
くっそぉ~ 誤診かよ~ あのやぶ医者。
いつか殺してやる!!
ベッドも空いていたので彼はその日すぐ入院した。
無事に手術も終え、3週間後彼は家に戻ってきた。
ちょうど時を同じくしてブツが届いた。
いらなくなっちゃたな、これ。だって本物があるんだし、ここに。
「触ってるとそんなに気持ちいい?」
「うん、やっぱりこれ大好き」
「‥なんかさ、
君が僕のことを好きなのは十分わかるんだけど、
例の一件も含めて、
ウェイト的に一箇所にその思いが集中してるような、
そんな気がしてしょうがないんだけど‥‥」
「そ、そんなことないよ。あなたのこと、全部、好きだし」
気付かれたか‥‥
「ま、いいや。たいした問題じゃないしね」
セーフ!
「こっちにおいで」
はいはい喜んで!
で、前と同じに優しい時間が始まって‥‥ いよいよ‥
えっ? なにそれ‥ 痛い!
「なにしてるの? ちょっと痛いし、場所が違うような」
「ほらこれ」
彼が見せてくれたのは、例の特製バイブ。
「これ、いらなくなったんだけど捨てるの惜しいし。
だから思いついたんだ。
ここに入れてみたらって」
と再びあてられたのは後ろのほう。
ウィンウィンと唸る奴が私の後ろのほうの入り口を刺激してる。
で、彼のがゆっくりと濡れてるあそこに当てられて、じわ~って。
なんか二箇所からの強烈な刺激で、私かなりの大声を上げてたと思う。
だって、ただでさえ久しぶりだったし。
「また今度だね、こっちの処女を貰うのは」
‥‥その二枚目顔でそんなオヤジ気味セリフ言われても。
イィ! 萌える!
惜しむらくは眼鏡とマフラー外すとちょっと魅力がダウンするのよね。
でもいいか。その分あれが素敵だし。
あとそっくりなあれもあって。
なんかすごく素敵な生活が送れそう。
紅葉を見る私の視界が突然塞がれた。犯人は大きな手。
凶悪な強姦魔に対しては最初にヒジ打ちを入れるのが有効だ。
突然の反撃に頭が下がってるだろうことを予測し、
右回し蹴りを側頭部に。
続けて左右の正拳をみぞおちに決め、
とどめは下からの蹴りあげで金的つぶし。完璧!
というプランは魅力的だけどありえない前提に基づくものなので
却下した。
クロコップ好きだし、ミラ・ジョボビッチも大好きだけど。
そして有り得る推定といえばただ一つ。
「誰だかわかる?」
その言葉は、そう、出張で出かけてた彼!
というかそれしかありえないのだけど。早かったんだ。
3日いないと寂しくて寂しくて、ブルーな気分になってた私は、
柄にもなく紅葉に涙こぼしたりしてたわけで。
そして今、リアクションを考えてる私。
瞬時に答えはでた。
「だれだろう? わかんな~い」
完璧だ。ちょっとあざといけど、やはりこれが本線。
両肩をつかまれ、向きなおされて‥
あぁ、もう、
茶色の眼鏡。クリーム色のマフラー。あのコート。
そしていつもの笑顔。
心が激しくときめくと同時に、
下半身もまたお出迎えの準備が整ってしまう私‥
キスされてる間も、手が動きそうになって必死でがまんしてた。
手を繋いで夕陽の道を二人で歩く。
彼はとても楽しそうだ。でも私の思いはたったひとつ。
早く‥ したい‥ んだけど‥