Part.2 通 学
 
 
 
階段を下り、ダイニングに行った。
親父の姿はすでにない。
会社が遠いので、今頃はとっくに電車に乗ってるはずだ。

テーブルの上には3人分の食事。
お袋と俺の分、そして遥の分もある。
テーブルの一角は、彼女の専用の席になっていた。
遥はそこに座っている。まるで家族のように。

いつの頃からだろう。
毎朝、遥が俺の部屋に来るようになって、
そして、彼女の朝食が、しごくあたりまえのように、
テーブルの上に用意されるようになったのは。

このことに関しての俺の記憶はかなり曖昧だ。
もしかして、遥が隣に引っ越してきた時からずっと?
その可能性も高い。

「いただきます」
3人で朝ご飯を食べる。
食べ終わったみんなの食器を、遥が台所に運ぶ。

お袋に送り出されて、二人で外に出た。
学校までは電車一本乗るだけで、ほんの30分程度。
駅に着くたびに、外へ連れて行かれそうになる遥を、
俺は腕をつかんで引き戻していた。
いつもと同じように。


遥が、家族と一緒に隣に引っ越してきたのは、
ちょうど、幼稚園の年長さんになったばかりの4月だった。
遥の両親は、彼女のことをとても心配していた。
あねご肌のお袋がそれを見て、
俺に遥の面倒を見るように命じた。

遥の気持ちを考えて‥‥ なんてことはさらさらなく、
一人前の男として、彼女のバックアップを依頼されたことで、
なんか、嬉しかったのを覚えている。
俺は自分に期待された役割をやりとげようと、
ガキなりに一生懸命だった。

熱意というものは、たとえガキ同士であっても、
ちゃんと伝わるものらしかった。
あるいは、ガキ同士だからかも知れなかったが。

初めて出会ったその日から、
かたときも、俺のそばから離れようとはしなくなっていた。
今でも人見知りの激しい遥が、俺だけには。


駅から学校へ続く道。
遥よりも格段に速い足どりで、
クラスメートたちが追い越していく。
「遥、おはよう!」
それに対して、彼女はただうなずくだけだ。

1年の最初の頃は、こんな遥にみんながとまどっていた。
あまりにも口数の少ない彼女を、どう扱えばいいのかわからずに。
しかしそれも時が解決してくれた。
いや、正直言って俺もずいぶん時間を割いたんだが。

ボソボソとしか聞こえない遥の話を聞いて、
彼女の思考パターンに基づいて的確に翻訳する。
おおむね5倍に膨れ上がった翻訳結果に、みんなは驚いていた。
こんなこと、ずっと一緒にいた俺にしかできっこないだろう。

でも今は、ほとんどその必要もなくなっている。
みんな、遥の口元を見る習慣がついてしまっていた。
そして極限にまで短縮された遥の単語を理解する方法も。
言って見れば、クラス全員が読唇術と翻訳の熟練者と化しているわけだ。
優しい連中と一緒でよかった。今、あらためてそう思う。
遥のためにも。

                     next