紫陽花 part.3 next
翌日、朝から何かもやもやした気分が抜けずにいた。
道場に行くことにした。
大量の汗を流して、とりあえず気持ちをすっきりさせる。
そういゃ、香織が、稽古好きなあいつが今日は来ていない。
いつもはこの時間にいるのに。どうしたんだろ。
いや、心配などしてどうする。
あいつのせいでこんな状態に成っちまったんだから。
「一樹くん」
一休みしていた俺に、
道場主、まあ平たく言えば香織パパが、話し掛けてきた。
「なんでしょうか?」
香織パパはすぐそばまで来た。
そして、ひそひそ声で話を続ける。
「いや、その……きのう、二人でプール行ったんだろ?」
「あ、ハイ」
一応かしこまる俺。
長幼の序は大切な社会のルールだ。
「それで、いや、なに。
……もしかして……なんか……昨日、あったの?」
「どうしてですか?」
「香織、プール帰ってきたと思ったら黙りこくっちゃってさ。
本人はなんでもないって言ってはいるんだが。
全然元気なくて。今朝なんか、ご飯のお替わりもしなかったし。
ちょっと、気になってね」
え〜。そんなこと。別に朝ごはんお替わりしなくったって。
「で、君のほうは、
何かを忘れたいみたいに、ハードな鍛錬を黙々とやってるし」
「いえ。別になにも……」
「そうか、私の思い違いならそれでいいんだが……
子供のプライバシーに踏み込むのもどうかと思うんだが、
あまりにも元気がないし、君なら聞いてもいいかと思って。
悪かったね。
まあ、一樹君と一緒なら心配する必要もないんだが」
どういう意味で言われてるのかは、あえて考えないことにした。
家に帰る。
お袋の作ったソーメンを馬鹿食いして部屋に戻った。
ふと、机の上の携帯を手にとった。
「危険」という名の短縮を呼び出して、つないだ。
3コール目に相手につながる。
「もしもし……」
「……………」
「なに黙ってんだよ。香織、なんか言えよ」
「……………」
「あの……… なんだ。
昨日のことで、新たなトラウマ作ちまったんだったら謝るから」
「そうじゃ……ないの」
「じゃさ、元気出せよ。親父さん心配してたぞ」
「……………」
「そんな黙りこくって……」
何度問い掛けても、香織は無言のまま。
しばらくそのままでいた。
こんな香織にどう対処していいかわからなくて。
「………じゃ……電話……切るね……」
その言葉のあと、電話が切れた。
切れる直前に……香織の深いため息を、聞いたような気がした。
俺はしばらくプープーって音を立てる携帯を見てた。
香織と俺って、なんせ、ガキの頃からの付き合いだったし。
物心ついたときから目の前にいたわけで。
両家の親たちも仲良くて、一緒に旅行に行ったこともある。
ま、ほとんど家族みたいな感じ?
でも、一つだけ覚えてることがある。
確か小学校1年生になるかならないかぐらいの頃。
雨が降ってた。
長靴はいて傘をさして、香織と俺は紫陽花の前にいた。
「あたしね〜」
「ああ?」
「大きくなったら、一樹のお嫁さんになるんだ」
「ふ〜ん」
「一樹は?」
「いいよ、それで」
「よかった!」
突然香織は俺のほっぺたにキスをして来た。
俺は度肝を抜かれた。
男って奴は、女ほど成長が早くない。
結婚って概念自体が、その頃の俺には全く理解できてなかった。
キスなんてもんも。
「結婚式は6月がいいな。ちょうどこの花の咲いてる頃。
6月の花嫁はジューンブライドって言って、幸せになれるんだって!」
ふーんそうですか、って感じだった。俺としては。
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