紫陽花 part.2 next
体が熱い。
太陽光線は、俺の体をまんべんなく焦がそうとしている。
ビーチチェアに寝そべって、俺はくつろいでいた。
香織はまだ着替えてるのだろう。
結局のところ、ここに来たのは香織と俺だけ。
一緒に行くはずだったご学友たちは、
それぞれ、他のスケジュールとバッティングしちゃって、
残ったのは二人だけだった。
ま、別にかまわないが。
夏休みのマリンプールには、素敵なお姉さまがいっぱい!
えーっ、あれでも水着かよ?
あれって、シュッシュッって蝶結びのところ引っ張ったら……
ボトムの左右と、トップのセンター3箇所だけで……
すごい。
左からは、どう見てもGカップクラスの登場。
歩くだけであの揺れ! 見てると目が疲れてしまうぐらい。
一度でいいから、あのマシュマロに顔を埋めてみたい……
たぶん限りなく幸せな気分になれるんだろうな。
こんなふうに、俺の妄想は限りなく続いていた。
サングラスはやっぱプールの必需品だよな。
あらためて実感。
視線の中に、今度は、真っ赤なビキニの女が割り込んできた。
さっきと違って、肉感グラマーではないが俺の好みだ。
胸はそこそこあるし。なにより、全体のバランス良くて。
胸元がハートのリングで繋がってて、かわいくていい感じ。
ああたまらん。いちど、ああいう娘とプールに来てみたいよな。ほんと。
あれっ? こっちに来るよ、あの娘。
やべえ、視線読まれたかな、どうしよ。
こんなとこで、スケベ呼ばわりされるのはまずいって。
俺はあわてて、下を向いてやり過ごそうとした。
足音がすぐそばで止まった。
「お待たせ」
って、その声は?
見あげてみると……香織じゃん。
おまえ………
「なに見てんのヨ、じろじろ」
そりゃ、俺の脳内にある香織のイメージは、
競泳用水着に包まれたひょろひょろっとしたボディ。
この辺だったわけで。
小学校以来見てないんで、単に思い込みだったのは確かだが。
それにしても、こんな……
「どう?これ?ご感想は?」
クルッとモデルのように一回転する。
「あ、いや……」
いまだ立ち直ってない俺を、二度目の衝撃波が襲う。
「だって、さっきから見てたんでしょ?私のこと」
いやボディばっかり見てた………なんて言えねえ。
見とれてて香織だって気づかなかったなんて、
……たとえ口が裂けても。
「ふーん。何も言いたくないってか。そうかそうか。
せっかく3時間もかけて選んだのに、意味なかったか」
「ちがう……」
「何が違うんだ? あたしがこれ着てること自体が間違いだとか?」
「ちがうよ」
「いいよ、正直に言ってくれても。一樹の皮肉には慣れてるから」
「その……」
「なんかはっきりしないな。おまえらしくないぞ、一樹」
「……かわいい……」
「え? 聞こえないよ……」
「だから……かわいいんだよ!」
「えっ!?」
「その水着、似合ってる。香織に」
言われたことを理解するのに時間がかかってるようだ。
しかし次の瞬間、香織は真っ赤になっていた。
「泳ぐ。おれ」
さすがにこの雰囲気はつらい。逃げ出したかった。
香織を置き去りにしてプールに向かい、一気に飛び込んだ。
俺はマジで泳いだ。
どうかしてるぜ、まったく。
なんであんな台詞言っちまったんだ?
それも、よりによって香織に……
「待ってよ〜!」
後ろから声が……香織の声だ。
泳ぐのをやめて振り返ると、猛スピードで赤い水着の女が泳いでくる。
水面をすべるその肢体のしなやかな動きに、もう一度見とれてしまう。
やばいって。絶対。今の俺。
俺のそばに立って、荒い息のまま言い放つ。
「なんで置いていくのよ!」
「いやちょっと……いかれた頭冷やそうと思って」
「ふ〜ん。わかった」
当然気づくべきだったろう。その怪しい言い方に。
いつもなら予測したろうが、なんせそのときは回路がショートしてて。
香織は俺の頭を上から抱え、
同時にすばやく肩関節を「キ」められて、
俺は頭から水の中に突っ込まれた。
物の見事に。
「どう? 頭、冷えたでしょう?」
飲みこんだ水を吐き出しながら、さすがに切れた。
有無を言わさず、片手で水中の香織の両足を抱えあげ、
もう片方の手で背中を支えて、
よーし、一気に水の中へと………
しかし水の中から抱えあげたとこで俺は固まってしまった。
こいつ、こんなに軽かったっけ?
道場での対戦じゃこんなシーンはない。柔道なら別だろうが。
そして手から受ける感触が……ひどく柔らかい。
「降ろしてョ………」
ん?
「おろして……一樹……恥ずかしい……」
香織の口調ががやけに女っぽい。
視線を感じた。まわりの連中からの視線だ。
判定:プールで戯れるカップル
嘘だろ。それはちがうよ〜。俺は叫びたかった。
我に返って、あわてて香織をおろす。
それからは、なんか調子出なかったな、ずっと。
二人とも結構無言で。
外で二人っきりっていうのも初めてだったし。
なにより香織が女だと意識しちまったのがいけなかった。
そうだよな。忘れてたけど、あいつ、女なんだよな。
「お疲れ。じゃ〜な」
あえていつもと同じように振舞ってみた。
香織んちの玄関の前。
夏。紫陽花はすでに花を落としていた。
「んじゃ」
ややぎごちないが、あっちも同じような言葉を返す。
家に戻り、ベッドに横になる。
天井を見上げながら「バカヤロウ!!」と怒鳴った。
なにかが腹立たしい。なにかが。
そしてシエスタの時間になった。
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